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Takahiko Wada (Twitter, GitHub)
Software engineer / Tokyo.

英語学習の遍歴を振り返ってみた

December 10, 2018

きっかけは大学2年生のときに部活に訪れた留学生との会話でした

How long have you studied English?

中学から授業で始めたことになるので大学2年だと8年になります。

8years…

我ながら8年も勉強してこれか、、と恥ずかしくなりました。

それをきっかけにまずTOEICでも受けてみるかーと思ったのがきっかけです。

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TOEIC

はじめて受けたら550点でした。思ったよりよかったので気をよくして、次は文法の参考書を1冊やってみたところ+120点アップしました。

文法はロジックで解けるので、理系には向いていたのでしょう。
はじめは点が上がりそうなパートに注力するのがいいですね。モチベーションが上がるので。
リスニングとかはなかなか効果が出ないのでおすすめじゃないです。

TOEFL

大学4年のときに留学を目指してTOEFLの猛勉強をしました。

当時の僕は、大学からそのまま大学院への進学が決まっていました。特に意思があったわけではなく、工学部なら大学院いっといたほうがいいやろ的な、言わば惰性で進学を決めた形でした。

しかしいざ考えてみると大して研究が好きなわけでもなく、これはヤバイぞと笑

そんなときにキャンパスの掲示板で見かけたのが交換留学の募集でした。

交換留学のメリットとしては

  • 在学期間に換算されるので卒業が遅れない
  • 日本の方の大学に学費を払っておけばよいので低コスト(通常開学の大学のほうが学費は高い)

があります。

その時期からだと修士の2年で留学することになります。
普通なら研究の追い込みでヒーヒー言うタイミングです。

けど研究は本気でやるのと卒業できる程度にぼちぼちやるので多分10と8くらいしか変わりないけど、英語はやるとやらないで0と8くらい違うんでないかと考えました。
なので僕は8と8を合わせて16を狙おうと 笑

瞬時にこれだ!と思い留学を目指すことにしました。

とはいえTOEFLTOEICの10倍難しいと言われ、確かに例文を眺めてみても10倍くらい難解でした。
基準スコアが取得できるか自信は半ばでした。

なので、もし無理だったら諦めよう的な気持ちでプレッシャーをかけずに始めることにしました。
てことでこんなマイルストンを起きました。

  1. PBT(Paper Based Test)の模試で500点をとる。500点は米国の大学留学のおおよそ最低源必要なスコア。取れなかったら諦める。
  2. CBT(Computer Based Test) で173 点をとる。これも米国大学の最低限スコア。ただCBTはWritingが入ってくるのでPBTより難しい。正式なスコアとしてはCBTが必要
  3. CBTで197点をとる。行きたかったNY州立大学に最低限必要なスコア。

勉強法はひたすら参考書を解きまくりました。
最終的には半年で10冊くらいやりました。
時間にしては1日1時間ほどですが、タイムを測りながら実践をイメージして取り組みました。
スコアの記録をつけてると段々向上してくるので、途中からはゲーミフィケーションぽく楽しめるようになってきました。

結果的に無事にマイルストンをクリアして目標スコアを取ることができました。

参考書は吟味して選んでたので、参考書ノウハウが異様に蓄積し、TOEFL参考書を紹介するサイトを作ってたのですが、当時は”TOEFL 参考書” でGoogle検索するとトップで表示されていました笑

TOEFLで得意だったのはやはり文法。慣れてくると単語の意味はわからなくても、品詞だけわかれば解けたりするのでパズルっぽくて理系向きです。
あとWritingは内容よりもロジカルなパラグラフ構成が大事なので、半分は機械的に書けて、というか機械的に書くべきで理系向きだったかも。

留学編

そしていざ留学な訳ですが、いざアメリカの授業に入ってみると、全然話せず、意味不明な発言をして教室を凍らせることもしばしばありました笑

Public Speaking Forumというサークルがあり英語の勉強をするサークルかと思い顔を出したら、ネイティブの人がプレゼンとかを 練習するサークルでした。
完全に間違えた訳ですが、とりあえず
”英語もままならないけど頑張るんでヨロシク!”
的な自己紹介をしたら
“He is blave… ” と称賛され気をよくして参加することにしました。

そんなこんなで度胸はつきました。

あとは適当力が磨かれました。
いちおう電子辞書を持っていっていたのですが、授業は高速で進んでいくので授業中に辞書を引く余裕なんてありません。

ひとつの単語が分からずストップしていたようでは授業全体を失ってしまいます。
多少わかんなくても想像で適当に補完したほうが、結果的に全体像は理解できます。

そんなこんなで知ったかぶり能力が高まりました。

あと現地では当然ながら英語ができることは当たり前でそんなことはチビッ子レベルに達したに過ぎません。日本ではチヤホヤされますが、、

なので現地で価値を出すには、一にも二にも”専門性”です。
何語?みたいな英語を話すインド人でも専門能力が高いと一目をおかれます。

日本では割りといい加減に研究をやっていましたが、米国で過ごしてみて逆に研究とかの専門能力の必要性を感じさせられた次第です。

仕事編

帰国後、社会人を始めます。

エンジニアの割りには英語ができたので、海外出張も多く、またドイツには1年ほど勤務しました。

そこで触れたのは世界各国の英語です。
中国、インド、東南アジア、欧州、、、
みんな母国語なまりのそれぞれの英語を話します。

アメリカに留学しているときは周りにはnativeが多かったので、正直キレイな発音で話せないことにコンプレックスやビビりがありました。

けど実際仕事でグローバルに働いてみると、みんな各国の独特な英語で話しているし、それで十分にビジネスは回っています。

長く海外駐在してる日本人のビジネスマンにも多く会いましたが、割りとひどい英語でした笑
けどそれで十分なのでしょう。勇気が出ました。

ちゃんと伝わってればBrokenでもいい、と思えるようになったのは一つ成長だったと思います。

あと、Non Nativeとの会話に慣れるには、その国の癖を知ることだと思いました。

中国人のtrはchのように聞こえます。チャイ!って聞こえたらそれはトライ! だったり。
アラビア系だとpがbのように聞こえたりします。

おそらく各国でそういう癖があるので、そのパターンに気づくことができれば脳内変換できるのでグッと聞き取りやすくなるでしょう。

うぉー、カフェで暇だから書き出したら熱くなって長文になりました。
ここまで読んでくださった方の何かの参考になればと思います♪


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